PRIZMOU

前例を知れば、少し先の未来がみえる

医療的ケア児と家族が歩いた
入園・入学の前例

制度はできた。でも実態は、検索しても出てこない。

ここには、同じ道を歩いた家族の記録「前例」がある。

保育園入園

蓋を開けたら専属体制の大歓迎だった。毎年断られて理由を聞いても教えてもらえず、それでも申し込み続けたら、入園の直前に突然の「どうぞ」。

気管切開
神奈川県2012年生まれ

当事者の声

『なんでうちはダメなんだ、なんで入れてくれないんだって言い続けてたんですけど、理由は教えてもらえなくて。家の中にいなくたって、お前は大丈夫なんだぞ、私は大丈夫なんだぞって思えるようになってほしい。だから外に出そう出そうって思ってました。』

ケア体制看護師常駐。1年目は看護師資格を持つ市の職員が加配され吸引等を担当し、サブ担任がほぼ専属で日常と移動に付き添った。2年目以降は園に元々いた看護師が園全体業務と兼務する形に移行。
準備期間1歳頃から毎年、保育園入園の要望を提出。4歳代で制度が変わり、入園の1〜2ヶ月前に急に受け入れが決定。全期間が交渉期間ではなく、毎年同じ要望を出し続けた経過。
意思決定者自治体(市)、公立保育園

この家族の前例ができるまで

看護師資格を持つ市の職員を加配し、サブ担任をほぼ専属でつけることで、吸引等の医療行為と日常・移動の付き添いを分担した。看護師は吸引等の医療的ケアの時のみ対応し、サブ担任がほぼ専属で日常生活と移動に付き添った。担任はメインとサブの2人体制。

役割分担

【看護師】吸引等の医療行為(呼ばれた時に対応)
【サブ担任】日常・移動の付き添い(ほぼ専属)
【主担任】クラス全体

結果

1年目は専属の看護師とサブ担任がつく手厚い体制と、半年間の慣らし保育の結果、無理をせず徐々に単独通園に移行でき、大きく体調を崩すこともなく全体を通して安心して通うことができた。

2年目以降、加配の看護師から園に元々いた看護師(兼務)へ担当が変わった。体制の再構築として吸引の回数・タイミング・どういう時に痰が増えるかを数値で記録することで、園全体業務と兼務する園の看護師が、いつ離れられるかを探りながら対応できるようにした。痰が極端に多く保育が成り立たない日は、親が迎えに行き早退する運用に落ち着いた。

役割分担

【看護師(園)】園全体業務と兼務で医療的ケア対応。休暇日は1年目の加配職員がフォロー
【家族】痰が多い日のお迎え

合意形成

【経路】
1年目の専属看護師→2年目に園の看護師(兼務)へ園側(自治体)主導で交代(相談ベースではなく既定路線)→つきっきりでないため吸引事情の細部が伝わらず看護師が戸惑い→吸引回数・タイミングを数値化し、いつ離れられるかを探る運用へ→痰が極端に多い日は早退に切り替え。

結果

数値化は完全にはできていないが、園全体業務と兼務の体制でも吸引対応を継続することができた。ただし痰が多い日は、吸引ばかりで本人も遊びや活動に集中することができないという理由で、早退する運用となった。

解決策

預け時間を『何ヶ月まではここまで』と区切って段階的に延ばすことで、約半年かけて朝から夕方までの通常保育に移行できるようにした。一般的な慣らし保育より大幅に長い助走を取った。急がず長くかけることを、家族と園のどちらも納得して選んだ結果であり、無理に短縮はせず、送り迎えと日々の慣らしの付き添いは父母で育児休暇・介護休暇をずらしながら取得し、分業の中で進めた。

役割分担

【保育園】慣らしのスケジュール設計・段階的な時間延長の主導
【父母】送り迎え・日々の慣らしの付き添い、休暇制度やフレックスを利用した就労との調整

合意形成

【決め手】
他の子より体が小さく声も出せない気管切開児を初めて集団に出す家族側の不安と、単独で預かれる状態まで安全に慣らせるかという園側のより大きな不安が重なって存在していたこともあり、半年かけた確実な助走を取る判断にお互いが納得して進めた。

結果

約半年かけて、朝から夕方までの通常保育に移行できた。途中で本人が大きく体調を崩すことなく、一人で長時間預けられる状態に着地した。

幼稚園入園

入園2年前から園に通い、顔なじみになることで『この子なら受け入れられそう』と思ってもらう作戦をとった。

気管切開在宅酸素ネブライザー吸入
神奈川県2011年生まれ

当事者の声

元気な時だけ通園するって割り切った。だから年間100日以上欠席したけど、園生活は本当に楽しそうだったし、私自身が楽しかった。小さくて病弱だと思っていたら、実は活発で負けん気の強い子だったって、幼稚園に入らないとわからなかったよな。

ケア体制担任の先生がティッシュで鼻をかむ要領で排痰介助。気管内吸引などの医療行為は行わない。
準備期間入園2年前から自由参加で園に通い始め、関係性を構築。入園1年前から正式な交渉を開始。全期間が交渉期間ではない。
意思決定者園長

この家族の前例ができるまで

解決策

排痰はティッシュで鼻をかむ要領で担任が実施。体調変化が激しく排痰回数が日によって増減するため、人工鼻を余分に持たせ、苦しそうなら気にせず交換するよう依頼した(病院支給は月30個だったが、先生に節約意識を持たせない配慮)。

役割分担

【家族】連絡帳で朝の体調を細かく共有。人工鼻とティッシュを多めに持たせる。通園は園バスを使わず家族送迎(振動で痰が上がるため)。【園】連絡帳で当日の体調を把握。補充依頼は連絡帳または送迎時に直接。

合意形成

体調に不安があるときは無理せず休ませる方針とした。『痰が多めで、これから崩しそうな予感』の段階を含む。医療者がいない中で園側に呼吸悪化の緊急度判断を委ねないラインを家族側から提案し、合意。書面では『園側は過失責任を負わない』旨の覚書を交わした。

結果

年間100日以上の欠席はほとんどが入院。元気な時は幼児らしい活発さで医療的ケアなしに過ごせる体力があり、行動制限はほぼなく園生活を送れた。

解決策

気管切開部を手製のバンダナやカバーで覆い、目隠し兼粉塵防止とした。人工鼻カバーとスピーチバルブ用バンダナを使い分けた。

役割分担

【家族】手作りと管理。朝の体調でバンダナか人工鼻カバーかを判断し、連絡帳で共有。【園】先生から他の園児に『首には触らないでね』と声かけ。

合意形成

元気な時はスピーチバルブ+バンダナ、息苦しそうな時は人工鼻+カバー。家族が朝の体調で判断し連絡帳で共有。

結果

懸念していた事故は2年間で一度も起きなかった。人工鼻カバーかバンダナかでその日の体調が一目でわかるため、先生側にもナレッジが蓄積。年長になる頃にはほとんど心配がなくなっていた。

解決策

医療的ケアは朝晩に集中していたため、家族が園の医務室で実施(内服・吸入・吸引)。就寝後の吸引は電話連絡を受けて家族が駆けつける体制とした。シャワーは胸から下のみ簡易対応を依頼。

役割分担

【家族】医務室での定時ケア、シャワー後のガーゼ交換、必要時の吸引。電話に出られる体制で常時待機。【園】医療的ケアが必要になった時点で電話連絡。

合意形成

直前まで体調を観察し、状態に応じて『欠席/お泊りなし(夜帰宅→朝再登園)/一部参加』と柔軟に判断する方針をとった。

結果

体調が良く最後まで参加できた。深夜に吸引で園に行くことになったが、就寝後も見てくれていることがわかり、むしろ感謝した。都度対応コストは家族側に集中したが、子どもだけでなく家族も一緒に行事に参加している気持ちで臨めた。

"医療的ケア児" という言葉も浸透していなかった時代。区役所窓口で公立保育園が不可と分かったあと、家から近い順に私立幼稚園を電話で総当たり。5件目前後で受け入れ先を確定した。

気管切開
神奈川県2009年生まれ

当事者の声

『選べないよね。選んでもらった感じ。みんなと一緒にやらせてもらってたというイメージの方が多いかも。』

ケア体制医療的ケア研修制度がない時代のため、担任と複数の補助教員に家族が園内で吸引手技を実演し、先生の厚意で吸引を担ってもらう体制。教員同士は無線で常時連携。
準備期間保育園入園を希望し区役所窓口に相談したが受け入れ不可。市内には公立幼稚園がないため、私立幼稚園に家の近い順から電話で打診し、4〜5件目で受け入れ先確定。
意思決定者園長、担任、補助教員

この家族の前例ができるまで

解決策

区役所窓口で保育園不可を確認した時点で『公立は市のルールで通らない』という地域構造の前提を確定として扱い、最初から私立幼稚園に直接掛け合うルートに切り替えた。打診先の順序は『家から近い順』を基準として固定し、近距離から遠距離に向かって電話を進めた。断られる園が一定数出ることを前提として打診を継続し、面会前に断られた園は除外しながら、4〜5件目で受け入れ可の園に到達した。

役割分担

【家族】区役所窓口への相談、私立幼稚園への電話打診、見学。
【区役所】保育園不可の確定回答、『私立幼稚園は個別経営のため直接掛け合うルートになる』という次の経路の提示。
【園】電話打診への応答、受け入れ可否判断。

合意形成

【経路】
区役所の保育園窓口に相談 → 医療的ケア児という言葉も浸透していない時代で公立保育園は不可 → 区役所から『幼稚園は私立で個別経営だから直接掛け合うしかない』と方針提示 → 家から近い順に私立幼稚園4〜5件に電話 → 父が地元出身で園長・関係者と顔見知りの環境があったことが受け入れ判断を後押しする要因として作用 → 面会前に断られる園もあったなか、受け入れ可の園に決定。

結果

家から通える範囲の私立幼稚園に年少から入園。年少・年中・年長の3年間を在籍。

解決策

家族が園内に吸引器・吸引セットを持参し、担任と複数の補助教員の目の前で実演。複数回繰り返し、教員側が『これぐらいだったらできるね』と判断できる状態まで持っていって委ねた。
要注意:現在は制度が異なり、同じやり方がそのまま適用できるとは限りません。現在の対応は、お住まいの自治体・学校・主治医にご確認ください。
吸引器は備品とセットで移動しやすいようにバッグにひとまとめにして教室内の子どもが触れない場所に保管し、教員が必要時にすぐ使えるよう配置。さらに吸引器にはメモ帳を取り付け、吸引した時刻と実施した先生を記入してもらう運用(園側からの提案)により、家族側はこの記録を体調管理の目安にでき、補助に入ってくれている先生の把握にもつながった。体調変動により吸引回数が大きく変わるため、朝の段階で痰が多い時は休ませる判断を家族側で先に取った。

役割分担

【家族】吸引手技の実演研修、吸引器・吸引セットの持参、朝の体調観察と休園判断、メモ帳記録による体調や状況把握。
【担任】日常的な吸引の主担当、無線連携の起点、吸引実施時のメモ帳記入。
【補助教員】担任が動けない時間帯の吸引対応、無線連携によるサポート、吸引実施時のメモ帳記入。
【園】吸引器の教室内保管場所の確保、教員間の無線運用、吸引記録メモ帳の提案。

合意形成

【経路】
医療的ケア研修制度がない時代で、研修受講者しか吸引できないというルールも存在しなかった → 家族が園に出向き吸引手技を実演。複数の教員に同じ手技を繰り返し見せる → 教員側が『これぐらいだったらできるね』と判断。 → 医療的ケアを委ねる体制が成立

【決め手】
園側が『引き受けた以上は中でやる』を方針として明言し、保護者の園内待機を断った。家族常時待機の負担を園が制度として引き取った点が合意の核。元々園に存在していた無線運用を利用することで、担任だけに負担が集中する構造も回避できた。

結果

教室内で園生活の一部として吸引を実施する運用が3年間継続。痰が多い日は先回りで休園判断することで相互協力体制を維持できた。登園時の体調由来の早退は年に数回程度だった。

解決策

近距離の園外授業は園に任せ、遠方の園外授業のときのみ家族が同行。同行時は子どもからは見えない距離を保ち、バスでは最前列と最後尾で離れて乗車、遠足先でも子どもの集団から距離を置く位置取り。何かあったときの駆けつけ要員として、子どもの世界の外側に控える運用とした。

役割分担

【家族】遠方の園外授業への同行(見えない距離での待機)。
【園】園外授業の主担当として子どもの集団行動を引率。

結果

在園3年間、園外授業に由来する緊急対応案件は発生せず、安全網を確保した状態で参加できた。遠方行事で家族が同行した場面でも、本人が集団から離れた位置に置かれることはなく、バス・現地ともに集団行動の主役の側で過ごせた。

解決策

園側がプール時間専用に家庭用ビニールプールを用意。クラスメートが入る腰ぐらいの大プールに対して、本人専用のビニールプールを足首〜膝下までの水位で別途設置し、カニューレ部位に水が触れない深さに調整した。設置場所は大プールから離さず横に置き、みんなと同じプール時間内に並行運用する形にした。空間は分けるが時間と場は分けない設計とすることで、本人が水遊びの時間に集団から切り離されないことを確保した。

役割分担

【園】家庭用ビニールプールの用意・設置、水位の調整、本人の見守り。
【家族】園内対応のため特段の付き添いなし。

結果

在園3年間、プール時間にカニューレ由来のトラブル発生なし。本人が水遊びの時間に集団から離れた場所に置かれることはなく、みんなと同じ時間・同じ場で水に触れる体験ができた。

解決策

入園時の自己紹介の場で家族から保護者・子どもに病気の概要を伝え、別途先生からも子ども向けに分かりやすく説明することで、入園時点で2層の説明(家族から・先生から)を済ませた。在園中に否定的な発言が子ども同士のやりとりとして1回発生した際は、先生がその場面に介入し、別途子どもたち全員の前で病気について子どもが理解できる伝え方で再説明を実施。説明分量は『子ども相手だから簡単にだけ』として、対応の重さで子どもを萎縮させないやり方をとった。

役割分担

【家族】入園時の自己紹介での説明、保護者間での自己開示。
【担任】入園時の子ども向け説明、子ども同士のやりとりへの介入、事案後の再説明の実施。

合意形成

【経路】
入園時に家族と先生から子ども・保護者に説明 → 在園中に1回、子ども同士のやりとりで『なにそれ、気持ち悪くてやだ』という発言が発生したことが発覚 → 先生がやりとりに介入 → 別途先生が子どもたちの前で再説明 → 以降は同様の出来事の報告なし

【決め手】
本人が状況を気にしていなかった(聞いていないのか気にしていないのか不明、ただし結果として影響を受けていないように親は認識していた)ことから、子どもたちへの再説明を冷静なやり直しとして位置づけ、事案を大きく扱い過ぎず本人を萎縮させない対応に振り切れた。

結果

在園3年間で確認された類似の発言は1回のみ。動揺したのは本人よりも親側で、当事者コミュニティの間でも『どちらかというと親の方が傷ついた』という感覚が共有された。

気管切開児の幼稚園探しで、自治体に管轄外と突き放され、区の親主催の訓練会に出ていた家族の口コミから、お母さん参加ウェルカム方針のインクルーシブ園に辿り着く。週2幼稚園・週3療育のハイブリッド。

気管切開ネブライザー吸入
神奈川県2011年生まれ

当事者の声

『お母さん入ってこないでください』という方針の園が2、3件あった逆で、ここは『お母さんウェルカム、いつでも来てください』だった。発達障害の子のお母さんも離れられずに一緒にいたから、それが当たり前みたいな感じでよかったんだよね。

ケア体制最初は母が付き添いで通園。吸引・カニューレ管理など医療行為はすべて家族が担当。担任は新任だったが、運用は通いながら覚えてもらう前提で看護師配置はなし。
準備期間2歳ごろに保育園の一時預かり(母同伴)を4回試したが目的とずれ離脱。3歳から週3で療育センターを並走しつつ、年中から週2で幼稚園を開始、年長まで継続。
意思決定者園長、担任、家族

この家族の前例ができるまで

当時の吸引回数は多めだったため、母が常時付き添い、吸引が必要なタイミングで母が医療的ケアを実施。単独通園に向けて、吸引が必要なタイミングや観察ポイントを担任や園全体が理解できるように余すことなく見せるようにした。

役割分担

【家族】常時付き添い、吸引・カニューレ管理等の医療的ケア全て、本人の状況や医療的ケアの実態を段階的に共有。
【担任】日中の見守り、家族から運用や実態を学ぶ。
【他園児】『首に水をかけない、砂をかけない』等を子ども同士で認識し合う関係。

合意形成

【経路】
園に通いながら担任が運用を覚える形でスタート → 担任以外の先生・子どもたちも『〇〇ちゃん痰がゴロゴロしてる』を共有する縦割り園文化に乗り、周知が自然に広がった。

【決め手】
医療行為は家族が引き受ける線引きを家族側から先に提示し、園が抱える『責任の持てなさ』を構造的に外した。園は気切児の在園経験が3年前にあり、見た目のインパクトに慣れていた素地もあった。

結果

家族付き添いのもと、安心できる形で新しい環境や子ども同士の交流を経験できた。

朝登園前に吸引→家族の付き添いなしで園で過ごす→お昼に吸引しに出動、というインターバル運用に切り替え。送迎バスについては園側から『走行中に何かあると対応できない、担任以外の添乗もあるため対応が難しいので避けたい』との申し出があったため、家族が送迎を担当。園側が医療的ケアを行わないことは変更せず、担任が痰の音や本人の合図(吸って欲しいというサイン)を拾って家族に電話連絡する体制に変更。

役割分担

【家族】吸引のための登園(お昼時)、電話連絡で駆けつける体制維持。
【担任・他職員】園内の見守り、痰の音や本人の合図を拾って家族に電話連絡。
【他園児】「〇〇ちゃん、首ゴロゴロしている」を先生に伝える観察のお手伝い(子どもたちの自然な変化)。

合意形成

【経路】
母常時付き添いが家族側で限界 → 園から『1時間ごとに帰っていい』『呼び出してもいい』と運用緩和の提案 → 朝登園前・お昼で吸引、間は離れる形に着地。

【決め手】
緊急時は園が電話で呼び出し、医療行為は家族が来てやる、という分担を家族側から再提示。園は『水・砂をかけない』など子ども同士の配慮を引き続き担当し、医療領域には踏み込まない線引きで継続的に運用。

結果

年中後半から年長まで、送り迎え+お昼吸引のインターバル運用で継続。呼び出し電話はほぼ発生せず、安定的に運用できた。

解決策

水遊びはバスタオルを首元に挟んで母が抱えて一緒にプールへ入った。遠足等の園外行事は係の親が付き添う習わしだったが、係に関わらず毎回付き添う体制をとった。

役割分担

【家族】水遊び時の本人介助、行事への毎回付き添い。
【担任】通常の行事運営、子ども全員の引率。
【係の親】各行事のサポート役として帯同。

合意形成

【経路】
親による係決めでは「係は免除、でも毎回付き添う」というオプトアウト方式の合意 → 水遊びも『やりたそうにしていた』本人の意思を尊重し、母同伴で参加が決まった。

【決め手】
園は『お母さん参加型』の文化があり、発達障害のある子の家族も日常的に園内に居る環境だった。家族の同伴が浮かない設計が既に園側にあった。

結果

年中・年長を通じて水遊び・遠足・お泊り会まで本人が参加。お泊り会は深夜の吸引出動1回のみで過ごせた。

『医療的ケアは必要ない』と言い切って入園。日常の医ケア実態を園が不安にならないように伝えつつ、訪問看護師との連携は水面下に置いた。看護師配置を要求しないことで受け入れの敷居を下げる戦略をとった。

気管切開
神奈川県2013年生まれ

当事者の声

『色々さ、ほら、やっぱ看護師入れてくださいとか、入れられますかとか言うと、すごくなんかさ、1段高いじゃん、ハードルが。そういうのがない状態で入れてもらうことにして、入れてもらった。』

ケア体制幼稚園に医療的ケアの実施を依頼しない体制。日常的なティッシュでの痰拭い・人工鼻交換のみ担任とフリー教諭が補助。訪問看護師は週1+αで自宅対応としており園には派遣・常駐しない。緊急時は自宅待機の母が駆けつける運用。
準備期間入園1年前から月1回の未就園児プレ教室に親子で参加し、先生たちに顔を覚えてもらう期間を設けた。願書提出1ヶ月前の9月に気管切開を正式に伝え、自作の状況説明書を持参した。
意思決定者主治医、園長、主任、担任、家族

この家族の前例ができるまで

解決策

自治体に保育園・幼稚園の状況を確認することから始めるが有益な情報は得られず、近隣に該当園がないと判断。自治体経由では見つからないため、個別に園へアタックする方向に切り替え。家から徒歩圏内にある『あちこちで断られた子たちの最後の砦』と呼ばれる統合保育・自由のびのび系幼稚園をまずはロックオン。並行してホームページで探した病院の近くの幼稚園、友人の子が通う障害児受け入れ実績のある幼稚園、脳性麻痺児受け入れのためスロープを設置した実績のある幼稚園の3園を予備候補として確保。最悪のケースとして看護師常駐で気切児受け入れ実績が豊富なことで有名な他市幼稚園も想定、その場合は引越し・二重生活も覚悟した。

役割分担

【家族】自治体への情報収集、候補園のリストアップ、未就園児教室への親子参加、状況説明書の作成、最悪のケースとして引越しの心の準備。
【主治医】園に伝える内容のスタンス指導(『絶対にできないことだけを伝える』方針の設計)。
【幼稚園(結果的に入園した園)】未就園児教室で1年間の接触受け入れ、医療的ケアできない前提での受け入れ表明。

合意形成

【経路】
自治体からは有益な情報が得られず → 家から徒歩圏内の統合保育系幼稚園を第一候補に決定 → 並行してホームページ・知人経由で予備候補3園を確保 → 最悪時は市内の別区への引越しも選択肢化 → 入園1年前から第一候補園の未就園児教室に親子で通い顔を覚えてもらう → 願書提出1ヶ月前の9月に自作の状況説明書を持参して気管切開を告知 → 園側から『医療ケアできないけどそれでも良かったらどうぞ』と先に受け入れ表明

【決め手】
交渉については主治医の指導により『絶対にできないことだけを伝える』スタンスを徹底。家族側から心配事を並べず、『保育の時間の中で気管切開にどのように気をつけて参加させるのかは、集団保育のプロである先生たちが考える仕事』という主治医の言葉を園との関わり方の前提に据えた。日常生活の医療ケア実態を伝え(『日中は自分で痰を出せます、吸引もカニューレ交換も必要なく、鼻をかむと同様にここ = 人工鼻に出てきたのを拭ってもらえれば十分です』)、看護師配置を要求せず園側の敷居を下げた。並行して、本人が1年間プレ教室で園内に存在することで主任・園長との関係性を先行構築した。

結果

近隣の統合保育系幼稚園に医療的ケア依頼なしで入園が決定し、年少から年長まで継続して通園した。

解決策

依頼する範囲を『ティッシュでの痰拭い・人工鼻を交換する』の2点に限定し、入園前に園側に明示。吸引・カニューレ交換は依頼しない。元気な時のみ通園させる方針で、痰が多い時・風邪を引きかけている時・治りかけで分泌物が多い時は休ませた。母は自宅待機を基本とし、『何かあったら飛んでいきます』を園との合意とした。委員・サークル活動で週3〜4日(午前中)は園に出向き、母自身も園内に存在する時間を確保。訪問看護師(小児専門・週1+必要時)とは水面下で連携し、必要なら園に出向く準備をしていた(実際には園からの要請なく未発動)。

役割分担

【家族】吸引・カニューレ交換等の医療行為すべて。元気時のみ登園させる体調管理判断。自宅待機と緊急時駆けつけ。委員・サークル等で週3〜4日の園内滞在。
【担任・フリー教諭】ティッシュでの痰拭い、人工鼻交換の補助。気管切開を意識しすぎず他の子と同様に関わる関わり方。
【訪問看護師】自宅での週1+αのケア。園に出向く準備(水面下、未発動)。

合意形成

【決め手】
日常の医療ケアは『鼻かみと同じ』の表現で具体的に伝え、依頼しないこと(吸引・カニューレ交換)は明確に切り分けた。元気な時のみ通園・体調不良時は自宅判断で休ませるルールを家族側から先に提示し、園側に医療判断のリスクを負わせない構造を作った。主治医からの『あれこれ心配事を並べると向こうはハードルを高く感じ、怖がる。絶対にできないことだけを伝えなさい』という指導を、入園前の説明スタンスから徹底。園を怖がらせないことを大前提に置いた。

結果

年少1学期は入院も多く半分も通えなかったが、秋冬以降は熱は出すが入院せずに通園が継続。ティッシュでの痰拭い・人工鼻交換は園で運用された。

解決策

カニューレ・人工鼻の予備セットは主治医の指導により常に本人と一緒に移動させる方針とし、幼稚園保管ではなく普段から登園バッグに入れて持ち歩かせていたが、年少1学期にバス遠足や近くの公園散歩に園がカニューレ予備セットを携行せず出かける事案が複数回発生。本人が無事に帰宅してから事後判明する状況だった。母は『次から持って行ってください』と都度伝え、年中の遠足の前には、行先を直接聞いて把握し、担任に予備セット持参を3回念押しすることで先回りした。

役割分担

【家族】予備セットの登園バッグ常備、行事ごとの携行依頼、事前の念押し。
【主治医】予備セットを常に本人と移動させる方針(登園バッグ常備)の指導。
【園長】行事の事前情報共有(行先等)。
【担任】行事当日に予備セット携行。

合意形成

【経路】
年少1学期、バス遠足・公園散歩で予備セット未携行事案が複数回発生 → 母は事後に判明し『はあ?』となるが園にクレームは出さず『次から持って行ってください』と都度伝達 → 年中の遠足の前は、行事規模を踏まえて先回り → 園長に直接場所を聞き、担任に3回念押し → 都度伝える運用を継続。

【決め手】
『ガミガミ言って先生たちを萎縮させるより、その都度軽く言って乗り越えていく』方針を母側で選択。園との関係性、自身の役員活動、週3〜4日の園内滞在で築いた信頼を前提に、強い指摘を回避した。

結果

年中以降の遠足は予備セット携行忘れの事案発生なく実施され、お泊り保育まで継続参加できた。

年中はお泊り保育時にシャワーを省略する園プログラム(『シャワーを浴びる余裕がない、朝家に帰ってから入る』スタイル)に乗っかる形で対応。担任が本人の近くで寝る配置を園側から提案。母は『痰の音がうるさかったら連絡ください』とだけ依頼。

役割分担

【家族】事前に痰の音への連絡依頼、就寝前に医療的ケアのため登園(事前取り決め)。
【担任】本人の近くで就寝する配置(園側からの提案)。
【園】シャワー省略プログラムの運用。

合意形成

【決め手】
園側から『担任が本人の近くで寝る』運用を先に提案された。母は『痰の音がうるさかったら吸引しに行くので連絡ください』とだけ依頼し、それ以上のことは依頼しなかった。気管切開を特別視せず、ただ寝る場所だけ近くに配置するという最小限の調整で、夜間ケアの不安を構造的に外した。

結果

年中のお泊り保育を完遂。痰の音への夜間緊急対応はなく実施できた。

年長のお泊り保育では入浴がお風呂となり、先生に脇を抱えられながら入浴。プール時と同様に、濡らした場合はタオルを首に巻いてもらう運用を事前依頼。カバーがあったため実際にはあまり濡れず、夜の吸引時にガーゼだけ交換して軽く吸引する処置で済んだ。

役割分担

【家族】入浴・プール時のタオル巻き依頼、就寝前に医療的ケアのため登園(事前取り決め)。
【担任・園】お風呂での脇抱え入浴介助、タオル巻き対応。

合意形成

【決め手】
プール対応で構築済みの『濡らしてしまったらタオルを巻いておいてください』運用をお風呂にも横展開。気管切開部位への直接の対応は園に依頼せず、家族が夜の吸引時にガーゼ交換と軽い吸引で巻き取る役割分担で、園側に医療行為を発生させなかった。

結果

年長のお泊り保育を完遂。お風呂入浴も実施できた。

小学校入学

制度がない時代に、市の広報で見つけた『市長と話そうデー』に応募。本人を連れて行き、自治体に『制度の狭間にいる子』として認識してもらうことから始めた。

気管切開在宅酸素ネブライザー吸入
神奈川県2011年生まれ

当事者の声

入院のたびにそこで小さな社会を作ってたんですよ。病院が第二の故郷みたいなものなんです。だから学校の看護師さんも、先生とも友達とも違う、「わたしの大切な看護師さん」になってて。教室でその看護師さんが他の児童からちょっかい出されたとき、「ちょっと相手に言ってくるわ(怒)」って守りに行ったんです。一方通行のケアだけじゃないって気づいたとき、ああ、この子は大丈夫だ、やってけるって思えたんですよね。

ケア体制看護師が1対1で常駐。
準備期間制度がなかったため入学2年前から周囲に少しずつ伝え始める。市の広報で『市長と話そうデー』を見つけて応募し、自治体に看護師配置の必要性を説明。入学1年前から障害児枠で既定のプロセスに沿って就学相談を開始。
意思決定者市長、教育委員会、校長、支援学級教師

この家族の前例ができるまで

解決策

自治体が一般市民向けに公開している対話機会(市の広報誌に掲載されていた『市長と話そうデー』)に応募し、本人を連れて参加。学童期は休まずに通学したいこと、そのためには看護師配置が必要であることを説明した。本人同席によって『制度の狭間にいる子』として自治体に認識してもらうことができ、市長から自治体担当者へ、さらに在籍中の児童発達支援・幼稚園への聞き取りへと連携が進んだ。

役割分担

【家族】入学1年前、他の障害児と同じ時期から就学相談を開始。必要書類の用意や面談を既定のプロセスに沿って実施。【自治体】通常の障害児対応に加え、看護師配置のための予算確保と手配を担当。当時通っていた幼稚園での様子を直接見に行ったり、児童発達支援からも聞き取りを行うなど、理解しようとする積極的な姿勢があった。

合意形成

制度が存在しない時代だったため、医療的ケアに関することは個別対応として、面談での追加ヒアリングや電話で複数回情報交換を行った。自治体側のゴールは『学校滞在時間の看護師常駐の実現』だったため、校外学習やイレギュラー時の取り決めは入学後に事後対応とした。受け入れ校側からは看護師以外の加配を強く勧められ、支援学級所属で合意。

結果

3月最終週に看護師配置決定の連絡を受け、入学式翌週から1対1の常駐体制で就学開始。制度が存在しない中、自治体が予算確保・看護師手配・幼稚園と児童発達支援への聞き取りを並行して進めた結果、入学から約2週間の遅れで通常運用に移行した。

解決策

医師の指示書に『血中酸素濃度95以下で装着』と記載。装着判断の前段として、本人の異変サインを家族が看護師と事前共有した(唇の色・目の下のクマ・口数が減る・自主的に休む)。看護師がこのサインを認識した時点でパルスオキシメーターで計測し、95以下なら装着、95以上なら経過観察。
要注意:この数値は、主治医がこのお子さんの状態に合わせて出した個別の指示です。同じ数値を他のお子さんにそのまま当てはめることはできません。必ず主治医にご相談ください。

役割分担

【家族】医師の指示書を取得。本人特有の異変サインを言語化し、看護師に共有。【看護師】サインを見て計測判断。装着・経過観察を実施。【医師】指示書で装着基準(95以下)を明示。

合意形成

判断は二段構え。①本人特有のサイン(顔色・口数等)で看護師が察知 → ②パルスオキシメーターで95以下を確認 → 装着。家族不在の学校滞在時間は看護師が一次判断、緊急性の高い変化があれば家族へ連絡。

結果

看護師は医師指示書に従って客観基準(数値)で判断できる体制となり、看護師個人の経験値や勘に依存せず運用可能になった。本人特有のサイン共有によって、95以下になる前段階での察知と休息誘導が可能になった。

解決策

酸素ボンベはリュック型を採用。授業中は椅子に掛ける運用。トイレ時は一時的に外す。教室内外の移動時は本人がリュックを背負うが、他の荷物が多いため看護師が他の荷物を持つ。本人の身体負担を考慮し、教室移動を伴う授業は学校側で配慮し、必要に応じて移動を減らす対応がとられた。装着して登校する日は、看護師出勤時間まで家族が付き添い(30分程度)、看護師にバトンタッチ。下校時も同様とし、監視の目が切れない体制を取った。

役割分担

【家族】ボンベの管理・補充・登下校時の運搬。装着登校日は看護師勤務時間前後の付き添い。【看護師】出勤後の引き継ぎ以降、学校滞在時間中のボンベ管理、移動時の補助、安全管理全般。【学校】教室移動の頻度を抑える配慮。

合意形成

ボンベは満タンで流量0.25Lの場合12時間持続可能。学校滞在中にボンベ交換が必要ないよう残量を家族が確認する。学校滞在中は基本的に流量の変更はしないが、緊急時は家族へ連絡する。酸素装着時は体調の変化が普段よりも多く発生するため、登校前の様子や学校滞在中の様子を対面引継ぎ時に細かく連携する。

結果

酸素ボンベ、ランドセル、吸引器など荷物が多くなるため、学校側が家族の要望以上に、本人の体力消耗を抑える配慮を行ってくれた。学校での酸素療法の回数は少なかったが、看護師1対1常駐の体制下だからこそ安心して送り出すことができた。

毎日持参する体制。成長に伴い痰が固めに変化し、吸引力の強い『パワースマイル』を使用していた。大型・重量があり本人運搬は不可。家族が登下校時に運搬し、校内では看護師が常時携行する運用とした。本人-看護師-吸引器は校内で常に一緒に移動。下校時は学童に置いておいてもらい家族が引き取り。

役割分担

【家族】登校時に職員室の先生に吸引器を預ける(看護師出勤前のため)。下校時に学童で受け取り持ち帰る。【看護師】出勤後に職員室から吸引器を引き受け、校内で本人と常時一緒に行動。【学校】看護師出勤前の預かり場所として職員室を提供。全ての先生が対応できるように周知。【学童】下校時の引き取りまでの保管場所を提供。児童の目の届かない場所にカーテンをかけて保管。

合意形成

家族が備品と併せて1つのカバンにまとめて毎日持参し持ち帰る。看護師滞在時間は看護師が管理。看護師不在時間は職員室の看護師のデスク、学童と保管場所を決めた。

結果

毎日の運搬は家族の負担が大きかったが、朝は職員室、帰りは学童で預かってもらうことができたので、常に大人の目がある場所に置かれ安心できた。

2台目吸引器『スマイルキュート』を家族が購入し学校用とした。吸引力は『パワースマイル』よりやや劣るが、小型・軽量で学校に常置可能となった。家族の毎日の運搬負担を軽減する運用に切り替えた。

役割分担

【家族】月曜の朝に付き添い登校で吸引器を職員室に預け、金曜の下校時に持ち帰る週次運搬に変更。【看護師】平日は鍵付き引き出し(看護師デスク)で吸引器を管理。校内では従来通り本人と常時一緒に携行。【学校】看護師デスクの鍵付き引き出しを保管場所として提供。【学童】金曜の下校時のみ保管場所を提供。

合意形成

運搬の負担を考慮して学校に常置可能なサイズの2台目の使用を家族側から提案。デスクに入る大きさになったので、鍵付きの引き出しに保管することを学校側から提案し合意。

結果

毎日運搬から週次運搬への移行により、家族の身体的負担が大幅に軽減。また、小型・軽量のため校内での看護師の負担も軽減された。鍵付き引き出しでの保管により、看護師不在時間帯の安全管理(他児童の接触防止等)も担保された。機器の小型化(2台目購入)が運用変更の起点となった。

解決策

薬剤吸入と加湿吸入の二用途。使用判断は朝家族が行った。呼吸状態が良くないときは、メプチン・インタール等の薬剤を医師の指示通りに依頼。体調に関係なく気管カニューレ内の乾燥がひどいときは、生理食塩水の吸入を加湿目的で依頼(看護師判断で実施)。吸入はある程度時間を要する処置のため、教室内ではなく他に児童のいない空き教室で実施。場所は学校側が配慮。

役割分担

【家族】朝の状態で使用判断、機器と薬剤の持参・持ち帰り、医師指示の伝達。【医師】薬剤吸入時の指示書発行。【看護師】吸入器の操作(本人ではなく看護師のみが操作)、加湿目的時の判断と実施(授業との兼ね合いなど考慮)。【学校】空き教室を実施場所として確保。

合意形成

吸入器は必要時に家族が持参し持ち帰る。保管体制は吸引器と同様。実施場所やタイミングは授業との兼ね合いも考慮し柔軟に対応できるよう学校側が配慮。

結果

薬剤吸入は医師指示で運用、加湿吸入は看護師裁量で運用、と判断軸を分けたことで、現場の運用が明確になった。空き教室の確保により、他児童への影響なく時間のかかる吸入でも実施できた。

基本的には家族が登校班に付き添うこととした。同じ登校班に姉がいること、学校と自宅が近いことが好条件として働き、体調が良く医療機器の運搬がないときは家族判断で付き添いなしの日もあった。

役割分担

【家族】医療機器(吸引器・吸入器・酸素ボンベ)の運搬と付き添い登校。酸素装着日は学校到着後、看護師出勤(30分以内)まで校内で付き添い、看護師にバトンタッチ。姉が同じ登校班にいるため、何かあれば姉が学校到着後に保健室や職員室に連れて行く。【学校】登下校時の医療的ケアは責任範囲外とするが、看護師不在時は、何かあれば保健室(昇降口から一番近い)で対応。

合意形成

低学年のあいだは家族の付き添い登校がメイン。看護師の出勤時間に合わせるのではなく、他の子と同じ時間帯に登下校することを優先した。

結果

付き添い登校は家族の出社時間等に支障がない範囲での運用だったため継続可能だった。ランドセルが重たいので、特に一年生のときは本人の疲れ具合など気にすることができた。

役割分担

(中学年以降は運用が変わっている。インタビュー時に追記予定)

合意形成

(追記予定)

結果

(追記予定)

特別支援学校から地域の小学校へ。戦略的引越しを含む逆算設計を経て、2年生→3年生のタイミングで転学を実現。

胃ろう気管切開難聴
神奈川県2014年生まれ

当事者の声

パパの子供でよかった、これで普通の子供たちと同じように人生を送れてよかったな、というところが、私の親としてのゴール。でも医療は退院させるところがゴールだし、行政は生活が成り立つところがゴールだし、教育委員会は中学校卒業させるところがゴール。みんな違うから話なんか合うわけがなくて。

ケア体制看護師配置なし。支援学級に在籍しつつ授業は加配教員が通常級に同行し難聴サポートを担う。胃ろうケアは学校で最小限に留め自己管理。
準備期間特別支援学校幼稚部入園時から地域の小学校への転学を視野に逆算で準備。小学部2年生まで在籍後、3年生進級時に隣接する地域校に転学。
意思決定者家族(親)。意思決定は親が主導・牽引した。教育委員会・校長・支援学級教師は協力・実行の立場。

この家族の前例ができるまで

解決策

幼児期からサランラップと自作のはめ込みカバーでカニューレを物理的に塞ぐ運用を定常化させ、気管切開に頼らない日常を作っていた(医療判断ではなく家族の運用判断)。

要注意:この『サランラップ+自作カバーでカニューレを塞ぐ』運用は、医師が決して勧めない方法であり、医療的にリスクを伴う。万一サランラップが気管切開部に入り込んだ場合、生命の危険に直結し、取り出すには開口(切開)手術が必要になる。本方法は親が独自に考案し、親自身がリスクを引き受けて行った医療ケアである。目的・メリット:①カニューレ装着のまま口からの呼吸に慣れさせる ②発声できるようにする ③風邪等の感染リスクを大きく下げる ④抜去後の生活をスムーズにする。本方法は医師が推奨しない高リスクな運用であり、一般化・模倣を推奨するものではありません。実施はあくまで保護者が独自の判断とリスクのもとで行ったものです。

医師からは5歳頃に『抜去してよい』と言われていたが、『もしもの時に助けられる手段を残しておきたい』『抜去について本人と話し合ったうえで決めたい』という考えから、親は4年生頃の抜去実施を計画していた(抜去のタイミングも親が判断。医療上はより早期に抜去可能だった)。特別支援学校の先生との協議で『4年生から学習内容が難しくなる、3年生のうちに移行した方がよい』と判断し、転学を3年生に早めたことに合わせて抜去手術を実施したものであり、抜去そのものが医療的に前倒しされたわけではない。胃ろうは継続するが、本人が自分で注入できる状態まで自立化させた。これにより地域校側に『看護師不要』と提示できる状態にした。転学前から転学先(地域校)とのクラス交流を行い、学習面・情緒面の成長に合わせた先回りの移行設計を取った。

役割分担

【家族】転学を見越した生活設計、サランラップ+自作カバー運用の幼児期からの定常化、胃ろう本人自立化の方針確立、医療側との抜管トライ時期の擦り合わせ、学校側との移行スケジュール調整。
【本人】胃ろう自己ケアの練習、抜管・転学に向けた身体的・心理的準備。
【特別支援学校】移行前の自立化フェーズの伴走、地域校への引き継ぎ情報の提供。在籍時は看護師が配置され、医療的ケアは看護師が担当。
【地域校】転学前のクラス交流の受け入れ、看護師配置なしでの受け入れ。転学後は看護師配置がなく、医療的ケアは本人だけが行う。
【医療側】抜管手術の実施・タイミングの擦り合わせ。

合意形成

【経路】
特別支援学校幼稚部入園時点で、隣接する地域校との交流授業の枠組みを利用した将来の転学を計画し転居 → 幼児期からサランラップ+自作カバー運用で気管切開に頼らない日常を定常化 → 当初は4年生のタイミングで転学を計画 → 学習面を考慮して3年生に前倒し → 転学を3年生に早めたことに合わせ、親の判断で抜去手術を実施(医療上はより早期に抜去可能だった) → 抜管手術ののち転学を実施

【決め手】
抜管済みという事実が、受け入れ側のハードルを下げた。看護師配置が不要であることを家族側から先に明示し、地域校側が懸念する『医療的ケアの責任』を構造的に解消した。

結果

3年生に上がるタイミングで転学が実現。抜管後のトラブルは現在まで発生していない。看護師の常駐なしで小学校生活を継続中。

解決策

『家族が学校で実演する → 学校側に動画撮影してもらう → 学校側が紙マニュアル(画像付き)を作成する』というフローを取った。マニュアルを家族側で作って渡すのではなく、学校側に作成主導してもらうことで、学校側が課題意識を持って質問してくる構造に変えた。実演時はできる限り多くの先生に集まってもらい、実際に目で見て覚えてもらうように依頼。『全部動画で撮ってください、構わないから』と自主的に使用許可を渡す姿勢を一貫させた。手術や治療等でケア内容や注意点に変更があれば、その都度家族から提供している。耳介形成手術後の周知は現在進行中で、本人の画像は使わず Web 公開画像を学校側が利用する形で進めている。

役割分担

【家族】医療的ケアの実演、動画撮影の許可、変更があれば都度提供。
【学校】動画撮影の実施、紙マニュアル(画像付き)の作成、現場での運用と質問の発出、周知の実行。

合意形成

【決め手】
家族側がマニュアルを作って渡すのではなく『学校側に作ってもらう』ことで、学校側の課題意識と当事者意識を引き出した。動画起点にすることで、紙では伝わらない動きや注意点が現場に伝わるようにした。

結果

成長と共に試行錯誤はあるものの、現在は安定運用できている。担任交代があっても同じフローで引き継ぎが回る状態が成立。

解決策

学校全体への周知順序を家族側から明示的に依頼した:①加配教員 → ②学年主任 → ③校長 → ④教員全体 → ⑤生徒全体。加配教員を表向きの窓口にしつつ、家族が直接校長ともやり取りする二層構造で運用。担任不在時は他の先生方で代用できる体制を学校側が構築。生徒間配慮の面では、耳の状態・胃ろうの役割・ぶつかった際の危険性を、学年集会で動画を用いて視覚的に周知を行ってもらうよう依頼した(紙だけに頼らない)。

役割分担

【家族】周知順序の依頼、校長との直接やり取り、動画・配慮事項の提供。
【加配教員】学校内周知の窓口、不在時の代替体制への引き継ぎ。
【校長】学校全体への周知の最終承認、職員配置の判断。
【学年主任・教員全体】学年集会等での生徒向け周知の実行、担任不在時の代替対応。
【生徒】配慮事項の理解。

合意形成

【決め手】
『耳に関しては、本人だけが気をつけても意味がない。周りも気をつけてくれないと手術した耳が崩れてしまう』という構造を家族側から明示。担任1人ではなく学校全体・生徒全体で認識することが必要だと説明した。

結果

加配教員1人に責任が集中する構造を回避できており、加配教員交代時(5年→6年)時も2〜3日の引き継ぎ期間のみで本人の学校生活に問題は発生していない。

解決策

支援学級に在籍しながら、朝の会から授業終了まで全時間を通常級で過ごしているため、加配教員が常時通常級に同行し、難聴ゆえの聞き取り不足が生じた場面では、別室で1対1のフォロー授業を行う運用。座席配置は、前列・加配教員がフォローに入りやすい窓側に配置し、本人をフォローしてくれる生徒を周囲のグループに配置する工夫も学校側と相談済み。連絡帳で毎日先生と家庭の間でやり取りをし(家庭側:体調・睡眠・朝食・排せつ・尿の回数 / 学校側:体調・給食食べた/食べてない・様子 / 下校方法:保護者迎え・デイサービス有無)、細かな情報共有を重ねてサポート判断を行っている。

※特別支援学級では本来、その学級の担任が在籍児童に基本の授業を行う。文部科学省通知(令和4年4月27日・4文科初第375号『特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について』)では、特別支援学級に在籍する児童生徒は、原則として週の授業時数の半分以上を目安に特別支援学級で授業を行うこととされている。本人の場合は、難聴の状況に応じて、聞き取れていない部分を担任(加配教員)がフォローしながら、実質100%通常級+通級フォローという個別運用を学校・教育委員会と合意している。

役割分担

【加配教員】常時通常級に同行、難聴ゆえの聞き取り不足時は別室で学習フォロー、心理面でのフォロー、毎日の連絡帳記入。
【通常級担任】通常授業の実施、座席配置・グループ配置の工夫。
【家族】連絡帳での状況把握と情報共有、強化教科のリクエスト、心理的フォローの依頼。

合意形成

【経路】
本人・家族が分科会を要請したが無視され、教育支援委員会で議論された結果、専門性の高いセンター校(拠点校)の特別支援学級は断念され、学区内の一般校に難聴学級を作る方針に変わった → その制度に乗る形で、転学後は加配教員による別室フォローを2日に1回ほどのペースで運用、学習面だけでなく、発言の自信のなさや声が小さいといった心理面サポートも担当 → 5年生から6年生に上がるタイミングで加配教員が交代したが、本人は『誰が来てもいい』と適応できるほどに。

【当事者の指摘(難聴教育の専門性)】
センター校(拠点校)がなくなり居住地域の一般校へ移行することで、専門性の低下が懸念される。一般校に配属される教員は難聴教育の経験がないことが多く、受講するのは必修研修3時間程度にとどまる。難聴教育は『前列に座らせれば足りる』といった単純なものではなく、情報保障・疲労管理(推測しながら聞き続けることによる脳疲労)・自己理解(自己権利擁護)支援など、多くの専門的配慮を要する。

結果

通常級で朝から授業終了まで在籍できており、成績も標準で推移できている。

解決策

朝と夜は自宅で胃ろうから半固形(イノソリッド配合経腸用半固形剤)を注入。昼は学校滞在中のためできるだけ胃ろうを使わず、口からイノラス配合経腸用液 187.5ml に水を加えて薄めたものをストローで摂取。それに加えて、一口くらいの柔らかいご飯を蓋つきプラ容器に入れて持参し、『ちょこっとだけ食べる練習』という位置づけとした。学校給食からは牛乳のみ支給を依頼。経口摂取の練習は小学校1年生頃から開始。種類によっては下痢になりやすいため、学校生活におけるQOLを尊重して量を調整している。修学旅行時は1人部屋でイノソリッド配合経腸用半固形剤を自分で注入予定。

役割分担

【家族】昼食用のイノラス・水・ストロー・柔らかいご飯(蓋つきプラ容器)の準備、味のバリエーション提供、胃ろう注入の家庭側サポート。
【本人】経口摂取の継続的な練習、修学旅行での自己注入。
【加配教員】給食時間の見守り、本人の摂取量に応じた配慮。
【学校】給食の牛乳支給、お昼の食事時間の通常運用。

合意形成

【経路】
小学校1年生頃から経口摂取の練習を開始 → ヨーグルト・リンゴ・コーヒー・抹茶などを試して味の弱いヨーグルトに落ち着く → 学校滞在中は胃ろうを使わない運用に → 6年生の現在は学校で医療ケアゼロを実現。

結果

胃ろうを装着したまま、学校滞在時間中の医療的ケアをゼロにすることに成功。朝・夜の胃ろう注入は家庭内で実施しており、本格的な経口摂取の置き換えではなく、学校滞在中に合うやり方に着地している。

幼稚園期から自己吸引・カニューレ自己交換の練習を前倒しで開始。看護師配置なしの地元小学校通常級に、親の付き添いなしで6年間通いきった。

気管切開
神奈川県2009年生まれ

当事者の声

お世話になれないだろうなと思ってたから、話してる段階で自分で練習してた。うち、結構全て早めだったかも。だから何が必要かっていったらやっぱり自分でできることは自分でできるようにさせることが、親も楽だし先生も、という感じかな。

ケア体制看護師配置なし。本人が吸引器での自己吸引と自己排痰(ティッシュで拭う)を完全自立で行う体制。養護教諭を医療的ケアの窓口として据える。担任・養護教諭・校長・副校長の4名で緊急時の手順を共有。
準備期間市の正規ルートに則って就学相談から開始。面談とIQテストを経て通常級を選択。入学前から自宅と病院で本人の自己吸引練習を開始。
意思決定者教育委員会、校長、養護教諭、担任

この家族の前例ができるまで

解決策

自治体担当部署に電話を入れて入口を開き、面談とIQテストを実施。発声がほぼなく本人の理解度が親にも把握しきれていなかったため、担当者の判断を仰ぐ形を取った。担当者から『通常級で行けるのではないか』『大変であれば途中からでも個別級に切り替え可能』という前提が提示され、通常級でスタートする選択をした。

役割分担

【家族】自治体担当部署への相談、面談・テスト対応、最終的な就学先の選択。
【自治体担当部署】面談・IQテストの実施、就学先方針の提示。

合意形成

【経路】
市の就学ルートとして、配慮が必要な子は自治体担当部署に電話相談から始まる流れが明確 → 面談・IQテストを実施 → 担当者から通常級が可能との判断 → 親側は無理させず個別級に入れたいという気持ちもあったが『大変なら個別級に変えられる』という前提を踏まえ通常級を選択

【決め手】
『大変であれば個別級に切り替え可能』という戻りルートの明示があったことで、通常級スタートの心理的ハードルが下がった。

結果

1年生から通常級でスタート。6年間通常級を継続し、転籍は発生しなかった。

解決策

入学前の段階で、自宅と病院の両方で本人による自己吸引の練習を開始。病院では医師が見守るなかで吸引チューブの挿入位置を本人に指導。日常的には鏡を見ながら吸引する練習を重ね、1年生時点で短時間であれば自己吸引が可能な状態まで持っていった。並行して排痰の練習も実施し、鼻をかむ要領でティッシュで痰を拭える状態を主運用にした。

役割分担

【家族】自宅での自己吸引練習の伴走、排痰練習の促進。
【主治医・病院】病院での自己吸引手技指導。
【本人】鏡を見ながらの自己吸引練習、排痰練習。

合意形成

【経路】
小学校では幼稚園のような吸引対応は期待できないという見立て → 入学前から自宅・病院で本人の自己吸引練習を開始 → 1年生時点で短時間の自己吸引が可能に → ティッシュ排痰を主運用にできる状態で入学

結果

入学時点で短時間の自己吸引と排痰が本人だけで成立していた。

解決策

本人がティッシュで排痰する運用を主とし、教室・授業中であっても自然な行動に沿って本人のタイミングで痰を出せる状態にした。ティッシュとゴミ箱を兼ねたショルダー型のティッシュポーチを家族が手作りし、本人が常時携行。カニューレ予備など医療物品は保健室に保管してもらい、養護教諭が医療的ケアの窓口を担う体制とした。吸引器は持参していた時期もごく短期間で、ほぼ持参なしで運用。

役割分担

【本人】ティッシュでの自己排痰、必要時の自己吸引、必要物品の常時携行。
【家族】ティッシュポーチの作製、保健室に置く予備カニューレなど医療用物品の補充。
【養護教諭】医療的ケアの窓口、保健室での物品保管、本人からの相談受け入れ。

結果

6年間を通じて自己排痰を主運用とし、吸引器の学校常備はほぼなしで日常生活を継続できた。

解決策

本人持参の加湿器設置を希望したが、1教室だけの設置が難しい・安全性・教員の負担増加を理由に不可となった。代替として、本人の周囲に絞った雑巾を干してもらう対応を学校側が実施。コロナ期の常時換気と重なる時期は乾燥がより強かったが、湿度の高い雑巾を本人の近くに置く運用で冬を越した。

役割分担

【家族】加湿器持参の打診、本人の体調観察。
【本人】痰が硬くなった際の早めの相談。
【担任・学校】絞った雑巾複数枚を本人の周囲に干す対応、冬期の体調変化のフォロー。

合意形成

【経路】
冬場に痰が硬くなる問題を本人と家族が認識 → 家族から加湿器持参を学校に打診 → 1教室のみの設置の不公平・安全性・教員負担を理由に不可 → 首から下げる携帯型加湿器なども家族側で検討したが購入には至らず → 学校側が本人周囲に絞った雑巾を干す対応を実施

【決め手】
『これでまた詰まるようだったら、また考えましょう』という条件付きの継続合意を学校側から提示してもらい、対応の不十分さを認めたうえで運用を継続できる関係性を保った。

結果

雑巾を干す対応で冬期を通過。詰まりによる重大な体調悪化なく6年間を継続。

解決策

主治医から『この子は30分程度であればカニューレが抜けたままでも気道が潰れる心配は少ない』という時間的余裕の見立てを取得。この事実を根拠に、抜去発生 → 本人が先生に申告 → 保健室の予備カニューレで対応する標準フローを敷いた。低学年期は家族(父か母)が学校に駆けつけて交換、中〜高学年は本人が保健室で自己交換し家族はそれを見守る運用で主体を本人に。家族が30分以内に間に合わない場合は救急車手配のラインを引いた。
要注意:この数値は、主治医がこのお子さんの状態に合わせて出した個別の指示です。同じ数値を他のお子さんにそのまま当てはめることはできません。必ず主治医にご相談ください。

役割分担

【本人】抜去時に先生への即時申告、中〜高学年は保健室での自己交換。
【養護教諭】保健室での対応、予備カニューレの提供。
【家族】低学年期は学校に駆けつけて交換、中〜高学年は駆けつけつつ本人の見守りと呼吸状態の確認、30分以内対応の体制維持。
【主治医】抜去時の許容時間(30分)の医学的根拠の提供。

合意形成

【経路】
抜去事故発生 → 本人が先生に申告 → 保健室に移動 → 低学年は家族が駆けつけて交換/高学年は本人が自己交換(家族見守りの中) → いずれの回も30分以内に家族到着もしくは本人対応で完結し救急搬送に至らず

【決め手】
主治医からのこの『30分のお墨付き』が、まず家族と本人の心理的支えとなり、家族側は『その時間内であれば病院行かなくても大丈夫かな』という判断軸を持てた。さらに親から本人へ『抜けてる時に走ったりせず、落ち着いて待っててね』という対応の指示を伝達し、本人はこれをしっかり守り落ち着いた行動を取れた。この『30分』の医学的根拠は、家族・本人の内側での安心を作った上で、学校との合意形成の根拠としても提示され、抜去発生時の対応に時間的余裕がある前提を学校と共有することにつながった。

結果

在学中の自己抜去は2〜3回発生。いずれも排痰時に人工鼻を外す際カニューレごと抜けてしまったという事案。本人が冷静に対応できたことで、すべて学校内対応で完結し、救急搬送・入院には至らなかった。

解決策(1〜3年生)

学校側の制約として、教員は大人数の深いプールの監視に専念しなければならず、本人個別の対応にまで手が回らない状況があった。一方で家族側は『ちょっとでも参加できれば』という思いを持っていた。両者の事情を踏まえて、学校側は『相談には乗る・場を提供する』までを担い、運用主体は家族側が引き受ける形でプール授業の日に家族(母)が学校に出向き、家庭用ビニールプールを本人専用の水場として設置し、付き添い見守る運用とした。

役割分担

【学校】プール授業時の場の提供、運用についての相談対応。
【教員】大人数の深いプール監視に専念。
【家族】プール授業の日に学校に出向き、本人専用ビニールプールの持参・設置・付き添い・見守りを担当。学校側が手を回せない部分を家族側で補完する。

合意形成

【経路】
小学校のプール授業に向けて、本人をどう参加させるかが課題化 → 学校側に相談 → 学校側は『入るために何ができるか』を家族と一緒に考える → ビニールプール持参・家族付き添いの運用で合意成立

【決め手】
学校側の人手の制約があったが、家族側が動くことで『ちょっとでも参加する』が実現した。

結果

1〜3年生のプール授業に本人専用ビニールプールで参加。完全な見学ではなく、限定的だが水に触れる体験を確保。コロナ期以降はプール授業自体が中止となり終了。一方、後年(中学~高校期)に本人に当時を聞いたところ『プールの授業がとっても嫌だった』『記憶としていい思い出ではなかった』という振り返りが出てきた。当時、本人は嫌だという意思表示はしておらず、親は『ずっと見学じゃかわいそうだ』『入りたいと言うなら入れた方がいい』という認識で動いていたため、親側にとっては想定外の感想だった。良かれと思って取った打ち手と本人の感情のあいだに時間差で見える乖離があったという、運用後の気づき。ただし家族は総じて『そういう風に先生たちと話し合って1個ずつ解決していった』という運用過程そのものは肯定的に振り返っている。

解決策

付き添いなしで参加できる状態を作るため、4年生からカニューレ自己交換の練習を開始した。通常のカニューレ交換サイクルに合わせて、本人が病院で主治医に見守られながら手技を覚え、自宅でも自己交換の練習を継続した。約2年間(4年生〜6年生)にわたって3週間に1回の頻度で本人主導の自己交換を反復し、宿泊先の環境でも自分でカニューレ交換ができる状態に到達。あわせて、自己排痰・自己吸引も日常運用として継続しており、これら3つの医療的ケア手技を本人だけで完結できる状態に整えた上で、宿泊行事を迎えた。さらに、入浴を含む宿泊先での身辺自立(濡れたガーゼやバンドの交換を含む)についても、日常生活の中で本人が自分で対応できる状態を作っていた。

役割分担

【本人】カニューレ自己交換の習得(4年生〜6年生の約2年間の練習)、自己排痰・自己吸引の継続、宿泊先での全工程の自走。
【家族】4年生からの自己交換練習の伴走、日常生活での身辺自立の促進、学校との事前確認。
【主治医】病院での自己交換手技指導、医学的見立ての提供。
【学校】宿泊行事の運用、医療的ケア体制の事前確認、本人の自走を前提とした受け入れ。

合意形成

【経路】
看護師配置のない学校で『本人が自走できなければ宿泊行事に1人で参加できない』という前提を家族が認識 → 4年生からカニューレ自己交換の練習を主治医の指導のもと開始 → 3週間に1回の自己交換を本人主導で継続 → 約2年間の反復で手技が定着 → 自己排痰・自己吸引・カニューレ交換の3手技を本人のみで完結できる状態に到達 → 6年生の宿泊行事に本人のみで参加(付き添いなし)

【決め手】
合意形成の核は『本人が自分でできることを自分でできるようにしておく』という家族の方針にあり、主治医と協力して4年生から早めに練習を開始することで2年間の準備期間を確保した。家族側から学校に対して『自分でできるんで、自分でやらせてください』と申し出る形で、学校は本人の自走を前提とした受け入れ姿勢を示した。

結果

看護師・家族の付き添いなしで本人のみが参加。宿泊先での自己排痰・入浴を含む医療的ケアと身辺自立をすべて本人が自走し、トラブル発生なく行程を完遂。

解決策

病院でカニューレ交換の各工程を写真で撮影し、文章化して1冊のカニューレ交換手順書を作成(病院の看護師により作成)。気切口の状態の写真 → 潤滑ジェル塗布 → カニューレ挿入 → バンド固定までの過程を細かく分解した内容で、学校の保健室に常備。担任・養護教諭・校長・副校長の4名で内容を共有・確認した。学校生活上は、医師から1年生時に『ボールがぶつかると危ないため球技を控える』旨の指示書も別途取得し、教員が安全配慮を判断できる根拠を提供した。

役割分担

【家族】病院での写真撮影、手順書の文章化・冊子化、学校への提出。
【主治医】球技に関する診断書・指示書の発行、医学的助言。
【学校】手順書の保健室での保管、4名(校長・副校長・担任・養護教諭)での内容確認。

合意形成

【経路】
看護師配置のない地元公立小学校への入学が決定 → 緊急時の手技を医療職以外に伝える必要を家族が認識 → 病院でカニューレ交換の各工程を撮影 → 写真と文章で手順書を冊子化 → 保健室に提出し校長・副校長・担任・養護教諭の4名で内容確認 → 並行して主治医に球技配慮の指示書を依頼

【決め手】
『医療職でない学校関係者でも、手順書を見れば応急対応の判断ができる』状態を家族側が先に整えて提示することで、学校側の責任不安を構造的に外した。

結果

手順書が在学6年間にわたって保健室に常備され、抜去事故時の対応すべてで参照可能な状態が保たれた。一方、1年生時に主治医から取得した『球技を控える』指示書については、後年に他の気管切開児で一切球技制限なしでスポーツにコミットしている事例があると知り、『あの時の指示書は今思うと必要なかったかもしれない』『先生によるのか、その子の特性によるのかと感じた』と再評価している。装備の必要性は子の特性と主治医の判断に依存し、初期に揃えた防御策が時間経過とともに過剰となる場面もあるという、運用後の気づきがあった。

気管切開=養護学校が原則だった時代に、校長承諾があれば地域の小学校に入学できると告げられ、交渉からのスタート。訪問看護派遣1日1時間という不本意な合意形成ではあったが、地域の小学校で6年間完走できた。

気管切開ネブライザー吸入
神奈川県2011年生まれ

当事者の声

絶対付き添いはしたくないなと思ってた。気管切開 = 養護学校って言われても、動けるし、もったいないと思うし、幼稚園での集団生活を経験してみて地域の小学校に行かせたいと思った。みんなどうしたらいいか分からなかった時代だった。

ケア体制給食前後の1時間のみ訪問看護師が来校し吸引・吸入・バイタル確認を実施。残りの時間帯は必要時に家族が呼び出しに応じる建付け。学校看護師の終日配置を希望したが、市の予算判断で訪問看護1日1時間契約の枠に収める形で受入。
準備期間入学前年に市の試験運用1例目が始まった情報を得る。家族は入学約1年前から当時の正式ルートで就学相談を開始し教育委員会へ医療的ケア実施依頼書を提出、看護師配置を交渉。
意思決定者教育委員会、自治体担当部署、地域校校長、家族

この家族の前例ができるまで

解決策

地域校校長との面談に向けて、複数の材料を準備して提示した。①前年度に市内で気管切開児の医療的ケア試験運用1例目が始まっていた前例、②幼稚園2年間で集団生活を経験できていた実績、③歩行可能で動けること、を説明材料とした。加えて面談前段階では、地域の運動会・町内会・学校開放週間など、校長が地域に出てくる場面に顔を出して接点を作る、というアプローチを取った。当時、上の姉が既に同じ小学校に在学していた関係性も背景としてあった。

役割分担

【家族】地域校校長への直接面談申し込み、状況説明、了承取り付け。地域行事(運動会・町内会等)への顔出しで校長と接点を作るルートも併用。
【地域校校長】受け入れ可否の意思表示。
【自治体担当部署】通常級/支援学級の判定。

合意形成

【経路】
家族から地域校校長へ先に面談を依頼 → 当時の正式順序として、校長承諾を得た後に通常級/支援学級の判定へ進む流れ。越境希望の場合も越境先校長の承諾が前提で、校長判断の影響が大きい制度運用だった。

【決め手】
幼稚園2年間の集団生活経験を根拠として、『動けるし、養護学校に行くのはもったいない』と地域校校長に説明。校長判断の影響が大きい状況を踏まえ、面談以前から学校や地域行事などで接点を持ち、本人や家族の存在を知ってもらう関係づくりを進めた。

結果

地域の小学校への入学が認められ、支援学級在籍で6年間通学を完了した。

解決策

4時間目終了後に訪問看護師が校内にある小さな面談室(看護師専用に転用)に来訪。本人が教室から自分で看護師の部屋に移動し、給食前に吸引・吸入、給食後に吸引・バイタルを実施。看護師は本人に合わせて教室移動するのではなく、本人が看護師部屋に行く運用を学校生活の一部として組み込んだ。

役割分担

【訪問看護師】給食前後1時間の吸引・吸入・バイタル測定。
【家族】必要物品の用意、体調の共有。
【学校】面談室を看護師部屋して提供。
【本人】教室から看護師部屋まで自分で移動。

合意形成

【経路】
当初は学校看護師の終日配置を希望 → 教育委員会側は『医療的ケア児全員への看護師終日配置はできない』という予算前提を通達 → できそうな短時間だけで医療的ケア実施依頼書を書き直し → それでも受け入られず → 訪問看護ステーションを訪問先=学校とする契約が制度上不可だったが、当該年度に契約上の変更点として『訪問先を学校にする』運用が新設され使えるようになった → 1日1時間の訪問看護師派遣で合意 → 入学当初の2週間は週3しか看護師を確保できなかったが、その後週5で安定。

【決め手】
家族側が『欲張った希望は通らない』を不本意ながら受け入れ、申請内容を運用可能な枠に揃えた。教育委員会の予算枠に対して家族側がその前提に合わせて折り合いをつける形で着地した。

結果

1年生から6年生まで、給食前後の1時間に訪問看護師が来校する運用で完走。

訪問看護師による吸引のほか、ティッシュで鼻をかむ要領での排痰補助を支援級担任が実施。本人と一緒に『鼻を噛む』感覚で先生が手で押さえ、本人が『フンッ』と排出する運用。

役割分担

【担任】ティッシュでの排痰補助、本人の合図への対応。
【本人】排痰したい意思を伝える。
【訪問看護師】医療行為としての吸引・吸入・バイタルチェック。

合意形成

【経路】
元気な時は痰が少なくなっていたが、花粉時期・体調不良時の鼻水が固まると気道閉塞リスクがあるため、こまめな水分補給と排痰補助で固化を予防する運用が支援級担任に定着。

【決め手】
カニューレに触れない範囲=医療行為に該当しない範囲を支援級担任の役割と定義。家族側もそこを強要しない方針を明示。

結果

1〜2年生の間、支援級担任の排痰補助と訪問看護師の医療行為が分離された運用で安定。

本人によるティッシュでの自己排痰を開始。人工鼻を自分で外す際のカニューレ抜去リスクがあったため先生が手で押さえる補助は継続するが、『フンッ』と排出する主体は本人に。固化予防として大きな水筒で常時水分補給、数十分ごとに飲むよう声がけと見守りを行った。

役割分担

【本人】自己排痰の主体。
【支援級担任】見守り、水分補給の声がけ、必要時の押さえ補助。
【訪問看護師】医療行為としての吸引・吸入・バイタルチェックは継続。

合意形成

【経路】
本人の手技習得に合わせて支援級担任が補助役へ後退 → カニューレに触れる行為は引き続き医療行為解釈のため、本人または看護師に限定する線引きを維持しつつ、最小限のサポートは継続。

【決め手】
本人の手技習得という事実を皆で共有し、役割の前進・後退を成長に応じて見直すサイクルが年2回の家族を交えた会議で確認されていた。

結果

3年生〜4年生前半まで、本人主体のティッシュ排痰と支援級担任の見守りで看護師不在時の運用が成立。

本人が人工鼻を自分で外して吸引器を使った自己吸引を開始。場所は支援級のサブ教室にパーテーションを置いた区画で、支援級担任が見守りのみ実施。5年生の林間学校・6年生の修学旅行ともに、本人に家族の待機を伏せた状態で全て本人が自己管理。

役割分担

【本人】自己吸引、人工鼻着脱、林間学校・修学旅行中の医療的ケア全般。
【支援級担任】見守り、外した人工鼻や物品の廃棄補助。
【家族】5年生の林間学校・6年生の修学旅行ともに現地に別ホテルで待機、本人には伝えず。
【訪問看護師】給食前後の1時間運用のみ継続。

合意形成

【経路】
4年生後半に自己吸引ができるようになる → 人工鼻着脱は医療行為解釈のため支援級担任は見守りに徹する役割分担を継続 → 5年生の林間学校・6年生の修学旅行ともに『家族がいると本人が呼んでしまう』を避けるため、本人に家族の待機を伏せて完全自立で送り出した。

【決め手】
本人の自立を学校と家族で共通の目標として設定し、見守り役に徹する運用合意が定着。家族の現地待機は学校からの提案だったが「先生たちの安心のために」という気持ちで承諾した。

結果

4年生後半から6年生卒業まで、本人主体の自己吸引と担任の見守りで完走。5年生の林間学校・6年生の修学旅行ともに家族の出動なく全行程を本人が自己管理して完了。

解決策

2年目に着任した養護教諭が緊急時フロー表を作成し、年2回の医療的ケアケース会議(校長・担任・養護教諭・市職員・訪問看護師・母)で内容を確認。職員会議では母が撮影したカニューレ交換と気道閉塞時の動画(スマホ撮影をDVDに焼いたもの)を全職員に共有。同学年の全保護者へは入学時の懇談会で母が説明+プリント配布で周知。

役割分担

【養護教諭(2年目以降)】フロー表作成、ケース会議での聞き取り。
【職員全員】4月の職員会議で動画と説明資料を共有、状況の認識。
【担任・養護教諭・校長】緊急時にそれぞれ『本人を落ち着かせる担当』『家族に連絡する担当』『テレビ電話で本人の状況を知らせるために学校用スマホを届ける担当』の役割。
【家族】呼び出し連絡が来たらすぐに向かう。来られない距離にいる場合はテレビ電話で本人の状況を映してもらい、その場で状況判断・救急要請の判断を実施。
【医ケア児コーディネーター】2〜3年目から年2回のケース会議に参加、市への要望のパススルー(現場決定権はない)。

合意形成

【経路】
1年目はフロー表なし、職員間共有も限定的 → 2年目に養護教諭が『これは作った方がいい』と着任後すぐ作成 → 年2回のケース会議で運用確認のサイクルが定着 → 動画+プリントによる全職員・同学年全保護者への情報共有が標準化。

【決め手】
医療判断のリスクを家族側が引き取る前提を明示し、学校は『落ち着かせる』『連絡する』『スマホを届ける』までを役割として担う線引きを書面化。看護師不在時の医療判断を、家族のテレビ電話判断+必要時の救急車要請に集約することで、学校職員の判断負荷を構造的に外した。

結果

6年間でテレビ電話は1度も使われず、カニューレ詰まりが1回(家族と訪看が対応)、抜けは0件。職員会議での動画共有により学年を越えて全職員が本人の状態を認識していた。

市の看護師が4月の入学に間に合わず6月から。空白の2ヶ月は、小児対応の派遣看護師を自費(2ヶ月で50〜60万円)で手配し、入れ替わりを4〜5人に絞って毎日の穴を埋めた。

気管切開
神奈川県2012年生まれ

当事者の声

『看護師さんがコロコロ変わって、今考えれば低学年の頃はそれがすごくかわいそうだったなって思う。学校にもまだ慣れてないのに。中には、相性の良くない看護師さんもいて「あの人に吸引されたくない」ってことも。それでも学校はずっと大好きで、いつも周りに二重三重にお友達がいて。本当に助かりました。』

ケア体制地域の小学校の支援級に在籍。看護師常駐。吸引等の医療的ケアは、市が期間限定で雇った専属看護師、複数の訪問看護ステーション、派遣看護師が分担し穴が空かないように体制を死守した一方で、支援級担任は2年生から6年生まで同じベテラン教員が固定で担当した。
準備期間市立保育園時代から市を通じて就学先の相談が早くから続き、入学前から看護師配置の要望を提出。地域の保育園に通っていた流れで同じように地域の小学校の支援級を選択。入学時の看護師配置が間に合わず、入学前から自費派遣看護師の日程調整を進めた。
意思決定者教育委員会、小学校(支援学級)、自治体(市)

この家族の前例ができるまで

解決策(入学〜6月(4〜5月の空白期))

小児対応の派遣看護師を自費で手配することで、市の看護師が配置されるまでの入学後2ヶ月(4〜5月)の空白を埋めた。当時は学校に訪問看護を入れられなかったため、療育センターや地域の相談窓口から得た情報をもとに、ほぼ唯一の小児対応事業所と自費契約。2ヶ月で計50〜60万円(時給約5000円相当)を全額自己負担。同じ担当者を固定できないため、入れ替わりを4〜5人に絞るよう要望した。事業所と契約してからの日程調整が家族作業の中心で、入学前後で学校の勝手も分からないなか、『⚪︎月⚪︎日は何時〜何時まで』を時間単位で、学校と派遣事務所の間に立って詰め続けた。看護師の手配がつかない日は親が学校に入って穴を埋め、毎日の枠を組み直しながら2ヶ月を走り切った。

役割分担

【家族】派遣事務所の探索・契約・日程調整・費用負担/穴の日の付き添い
【派遣看護師(4〜5人)】学校滞在中の吸引等の医療的ケア

合意形成

【経路】
市に早くから看護師配置を要望→4月入学に配置が間に合わず6月からと判明→訪問看護は当時学校に入れない制約がある→地域のケアセンターなど複数の情報源から『派遣看護師』という選択肢を知る→小児対応の派遣はほぼなく一択、費用感相場も評価できないが他に選択肢がなく自費で契約→契約後は日程調整に追われ「すごく大変だった」がなんとか埋めた。

【決め手】
『ずっと同じ担当者ではできない』という派遣側の制約に対し、入れ替わりを抑えるよう要望して、事務所側の配慮もあり4〜5人の知った顔に絞ることができた。

結果

入学直後の空白2ヶ月を、看護師配置による医療的ケアを切らさずに乗り切った。

解決策(市看護師・交代期)

市が募集をかけても確保できなかった年は、訪問看護ステーション4〜5か所と市が契約する体制とし、週替わり・午前午後で組み合わせるなどして、看護師が替わったとしても医療的ケアの穴を埋める方法を取った。教育委員会が期間限定で契約する専属看護師体制を基本としつつも、6年間で専属4人交代+訪問看護師での穴埋めで対応した。1年生6月から、教育委員会・学校・看護師・保護者で月1回の医療ケア会議を開き、状況や問題点を共有した(訪問看護が多数の時期は各ステーション2名ずつ参加し大人数の会議に)。

役割分担

【教育委員会】看護師の雇用・募集・配置
【訪問看護ステーション】交代期・空白期の穴埋め
【看護師】吸引等の医療的ケア
【家族】月1回の医療ケア会議での共有

合意形成

【経路】
市契約の専属看護師→年1回ほど交代、続かない→募集しても来ない年が発生→この頃には学校への訪問看護が制度上可能になっていた→訪問看護ステーション4〜5か所と市が契約→週替わり・午前午後でパズル状にシフトを組み合わせて穴埋め→5年生以降に固定の看護師が定着。

【決め手】
月1回の医療ケア会議で教委・学校・看護師・保護者が状況を共有し続けたことで、担い手が替わっても運用を継ぎながら回した。

結果

看護師が頻繁に変わることになったが、医療的ケアを切らさず通学を継続することができた。看護師は変わっても、2年生から6年生まで同じ支援級担任を配置するなど学校側の配慮もあり、本人が「学校が大好き」と言える学校生活を送れる状態になった。

解決策

本人の『この人に吸引されたくない』という拒否を、家族が学校・市への明確な申し入れに変えることで、看護師の交代・訪問看護への切り替えを実現した。相性の合わなかった看護師は、吸引するかどうかを看護師の都合で決め、本人の意思を聞かずに進めた。本人は吸引そのものを嫌がって拒むようになり、それでも痰が詰まれば命に関わるため、最後は押さえつけての吸引にまで至った。本人が小2頃から声や表情で意思疎通できるようになっていたことで、『この人は嫌だ』という訴えが担任を通じて家族に届いた。家族はその訴えを我慢させずに受け止め、相性の不一致をはっきり言葉にして体制変更を求めた。

役割分担

【家族】相性の不一致・不適合の申し入れ
【本人】拒否という形での意思表示
【学校・教育委員会】交代・体制変更の判断

合意形成

【決め手】
看護師が頻繁に替わる中で、信頼できるベテランの支援級担任は本人を継続して見ていた。替わり続ける担い手ではなく、ずっといる担任が『あの人は嫌だ』という本人の異変を拾えたことが、訴えが埋もれずに済んだ決め手。あわせて、嫌がるケアを無理に続ければ安全に直結するという線引きを家族が明確にしたことで、相性の問題が我慢で流されず体制変更まで通った。

結果

本人の意思を尊重し、押さえつけての吸引のような状態は解消された。

あなたの入園・入学を、私たちに聞かせてください。